くらしのこよみ友の会 研究員の皆さんの節分

スペシャルコラム

客員研究員<br>下中 菜穂

客員研究員
下中 菜穂

「オニ」とは何者か? そして節分に潜む「火」の力とは?

■節分は正月行事

「今年の節分は2月2日です。お間違えなく!」
そんなニュースが話題になっています。
暦の微妙なズレを調整するために、このようなことが稀に起きるそうですね。通常、節分は新暦の2月3日か4日。

ところが、古い「年中行事」の本を見ていると、「あれ? 2月に節分がない!」と、戸惑うことがあります。手元にある『年中行事図説』(民俗学研究所/編 柳田國男/監修 1953年 岩崎書店)では、節分は一連の正月行事の中ほど、小正月より前(=旧暦12月15日〜1月15日の間)にあります。
太陽暦に改暦されて以降、正月と節分はすっかり時期がずれてしまったため、節分が正月の一部という感覚はなくなってしまいました。

そもそも「節分」とは、「季節の分かれ目」という意味で、立春、立夏、立秋、立冬それぞれの前日を指しました。季節の変わり目には、邪が忍び込みやすいと考え、それを祓う風習があったのです。
その中でも旧暦正月に近い立春が一番大切ということで、この日のみを節分と呼ぶようになりました。


亀戸天満宮の追儺(『東都歳事記』より)

『東都歳事記』にみられるのは、江戸時代の亀戸天満宮の「追儺(ついな)」の儀式です。
追儺は、大晦日に平安時代の宮中で行われていたもので、中国にその源流があります。
豆まきこそしませんが、趣旨は節分と同じで、現在では追儺を節分の日に行っている神社もあります。
右の方に門松が描かれていますから、やはり正月の行事であったことがわかります。

鬼のような姿をしているのは「方相氏(ほうそうし)」。黄金の目玉が4つある面をつけ、熊の皮をかぶり矛と盾で疫鬼を追い払う呪術師です。目に見えない疫鬼を祓う者の姿が、いつの間にか追われる側の鬼のイメージとなったのかもしれません。

■「オニ」とは何者なのか?

節分のことを考えていく中で何度も繰り返し浮上してくるのは、「オニとは何者だろう?」という問いです。

私たちは幼いころから、物語や絵本などで繰り返し語られ描かれてきた、いわゆるツノの生えた赤鬼、青鬼のイメージと接してきました。
それは恐ろしい存在でありながら、どこか哀愁を帯びていたり、ユーモラスだったりもします。
そもそも、ヒイラギや豆で追い払うことができるなんて……なんだか可愛いところがありますよね。どこか抗い難い魅力があることも確かです。「オニ」とはいったい何者なのでしょう?

■「痛くて臭い」おまじない

豆まきのほかに比較的よく知られた節分の風習は、ヒイラギと鰯の頭などを門口に飾るおまじないだと思います。

スーパーでもこの時期になるとそんな節分セットを炒り豆の横で売っていますね。近所(東京都大田区)のスーパーでは、ヒイラギ、豆殻と金色に塗った豆がセットになったものを売っています。
今までうちでは、これにメザシや煮干を合わせて飾っていました。
これは「ヤイカガシ」「ヤイクサシ」などと呼ばれ、地方によって使われる植物やものが違うようです。文献上では、平安時代に書かれた紀貫之の『土佐日記』に、ヒイラギとイナ(ボラ)を刺したという記述があります(ただし、これは正月の風習として書かれていますが)。

昨年の旧暦カフェでは、「よし! スーパーで売っているセットではなく、自分でヤイカガシを作ってみよう」と、いろいろ素材を集めてみました。

大豆の殻とトベラはなぜヤイカガシに使われるのか? トベラ(写真右)は丸い葉っぱでトゲもないのに……。

さあ、薪ストーブの火に投入実験です。

 

【全部読むには「くらしのこよみ友の会」会員サイトでどうぞ】
https://tomonokai.kurashikata.com/blogs/2cb35ffdcf59

行事をたのしむ「節分」にご協力くださった研究員のみなさん(順不同、敬称略)

(客員研究員&編集)
下中菜穂、神谷真生、田中宏和

(研究員)
松浦はこ、かずさ、ミミ、こがっぱ、奥次郎、さくらちゃん、あき、サトエミ、おごもん

ご協力ありがとうございました!

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