スペシャルコラム

客員研究員<br>下中 菜穂

客員研究員
下中 菜穂

満月から新月へ 呼吸する行事

明治5年、暦が太陽暦に変わったその時の、人々の衝撃と混乱はいかばかりだったか。
「旧暦」と季節のズレに居心地の悪さを感じるたび、そのことを思います。
多くの行事は、なんとかその身をたわませながらも、新暦の日取りに収まりましたが、どうしても収まりにくかった行事もあるようです。「八朔」もそのひとつではないでしょうか。

盆行事の後、初めての朔日が「八朔」です(今年は新暦9月7日にあたります)。
満月の行事であるお盆が過ぎ、夜空の月は日ごとにやせていきます。満ちる「上り月」が大きく吸い込む息だとすれば、新月に向かう「下り月」は、ゆっくりと吐き出す息のよう。息を吐き切ったその刹那が新月、つまり朔にあたります。

 

■神を頼み、人を頼む。――たのみの節供

農村の行事というものは、農作業の節目に置かれています。これは、日々の暮らしがすっかり土から離れてしまった私たちが忘れがちなことです。
では、八朔はどんな節目の行事だったのでしょう?

まだ暑さは衰えない。でも、空の色、風の気配には秋が混じり、草むらではリ、リ、リと虫の声。炎天下の草取りなど、きつい夏の仕事もそろそろ終わり、稲の穂も出揃う。あとは収穫を待つだけ。
だからこそ、この日はほっと一息。このまま何事もなく収穫ができますようにと祈ったのです。

新暦の8月1日では、ちっともこの実感が湧きませんね。だからでしょう、今でも八朔行事を続けている地域では、旧暦に近い9月1日(新暦)にこの行事を行うところが多いようです。

この日に各地の農村で行われることを書き出してみましょう。

・七夕の竹のようなものを立て、この日の早朝に田の畔で「作頼み」(豊作祈願)をする。
・早稲の穂をとって焼き米を作り供える「穂掛け(祭り)」をする。
・「田ほめ」「作ほめ」をする。田にお神酒を注ぐ。
・八朔の「馬節供」として、上新粉で馬や人、鶴亀などの形(しんこ細工)を作り、親戚近所に配る。(→なぜ、馬なのでしょうね? 農作業を共にした馬への感謝の気持ちがこもっているのでしょうか。)
・八朔相撲
・八朔籠り
・贈答をする

 

■白に染まる江戸の秋

江戸の町の人々にとって八朔は、農村とは違う意味を持つ特別な日でもありました。
徳川家康公が初めて江戸に入ったのがこの日だったとして、江戸城内では「八朔御祝儀」の行事が行われ、白帷子に身を固めた諸侯が登城しました。
大奥の御台所(みだいどころ)や女中達も、揃って白帷子を身につけたといいます。

また、この日は武家だけでなく、吉原の遊女達も一斉に白小袖で装い、客を迎えました。
その由来はさまざまに語られますが、江戸という都市民の感性の中には、「秋の色は白」ということがあったような気がします。「白露」「白秋」という言葉もありますね。
この日を境に、白の季節が来ることを鮮やかに演出したのが「白無垢」だったのではないでしょうか。

上は『江戸府内 絵本風俗往来』(菊池貫一郎/著)より、「仲乃町 八さくの景」。吉原の太夫が白小袖で道中する様子を描いた図です。

 

■やってみる――「しんこ細工」

「しんこ細工」は、さまざまな行事に登場します。それがなぜだかずっと気になっていました。
古い記憶をたどれば子どもの頃、母方の祖父が送ってくれた「犬っこ」(秋田県湯沢市)という小さなしんこ細工。飾っているうちに乾いてひび割れてしまう儚さも心に残っています。

その後もさまざまな場所で、米粉や小麦粉を使った細工や供物と出会うたびに、ボッと好奇心に火がつきました。素朴なかたちは愛らしく、その自在な発想には驚かされます。食べ物でこんなもの作っちゃうんだ! と思うと、なんだか愉快でもあります。

八朔は稲の実りを前にした豊穣祈願。だとすれば、米の粉を使ったしんこ細工は、まさにふさわしいもののように思われます。ただ、一方では、農村の祭りに「米の粉」がふんだんに使えたものだろうか? という疑問も湧きます。

よーし! まずは作ってみようと思い立ちました。

上新粉にぬるま湯を入れてよく練ったもので形を作り、蒸籠で蒸します。蒸した上新粉は少し表面が透き通った乳白色。秋の色は白ということで、そのままに、稲の実りを祈願して「抱き稲」のもんきりを添えてみました。

記憶に残る「しんこ細工」をいくつかご紹介。

上の「犬っこ」は、秋田県湯沢市の小正月の民俗です。
改めて親戚から送ってもらいました。子供の頃のものはもっと素朴だった気がするのですが……。

これは、新潟県魚沼市堀之内の八幡宮で、2月の「雪中花水祝」に売られる縁起物の「ハト飾り」。
切り紙の取材に行った折、偶然立ち寄った喫茶店に飾ってあったものを譲ってもらいました。カラフルな愛らしい鳩にキュン! 雪の中で見たら格別でしょうね。

 

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